翻訳家という仕事
今夜は、ロンドンの日本クラブにて翻訳家&エッセイストの高月園子さんのトーク講演に行って参りました。
高月さんは、素敵な女性で、彼女の素敵なファッションセンスももちろんのこと、私のコンサートにも日本でも英国でも駆けつけてくださるお優しい心の持ち主でもあるんです。
(いつも、本当にサポートありがとうございます!)
さて、本当にロンドンらしいあいにくの雨の中、電車を降りてVictoria駅に着くと地下鉄への入り口が閉鎖されている

またか・・・
朝や夕方のラッシュアワー時間になるとこの駅ではあまりにも混雑してしまいファンクションしなくなるので、「え〜い、封鎖じゃ封鎖!」
ということで、なんと檻のような鉄格子が地下鉄口へ入口に現われるんです。
地下鉄に乗りたい人たちと、地下鉄から上がってきて電車に乗る人たちで大混雑。
仕方なく私はバス。おかげで大遅刻・・折角のトークの出だし、それも皆様からあとで聞いたところによると、高月さんのの生涯を語られた一番面白い箇所を逃したらしい・・無念。

またいつか、お酒の席にででも、お話をお聞かせ頂ければありがたいなあ。
さてさて、大遅刻をしたものの、トーク真っ盛りの会場へ入ってお話を聴いていると、高月さんのトークの面白さ、そして会場の皆様の時折の質問と私のように翻訳という仕事に携わらないものでも、とっても楽しくお話を聴かせて頂きました。
高月さんの仰るように考えてみると、こちらで出版されている本は、翻訳本であろうと、あまり翻訳家の名前を本に見ることはない。
ところが、日本では、著者と同じくらいの大きさで翻訳家の名前を書いてもらえてありがたい、とのこと。
でも、それもそのはずでしょう。英語から日本語に翻訳するという作業は、実務翻訳でもない限り、小説の場合、本当にある意味で日本語でその世界を作りなおすという創造の世界に入るわけで、これは私も納得。
小さい頃から海外文学を愛してデュマのダルタニアン物語、三銃士にはじまり、モーパッサン、サガンを読みだしてからは、そのままボーヴァワール、サルトルと綱渡りした私のティーン時代を思い出すと、翻訳とは本当に難しいものだと改めて感じる。
ティーンであった私でさえも、良い翻訳、あるいは読みやすい翻訳というものはあるらしいということは、なんとなく感じていた。読みにくいものは、本当に何が書いてあるのかさっぱりわからない状態で、きっと原本は意外にもわかりやすく書いてあるに違いないと思った本もかなりある。
フランス語を勉強しないとわからないけどね。
それにしても、今、日本での海外文学でもフランス文学、ロシア文学、ドイツ文学を読む人口が減ってきていると聞いてなんとも寂しくなってしまった。
自分があれだけ夢中に読み漁っていたジャンルだからなんだろうけれど。
書店に並んでいる本を手に取って、「これ、翻訳して日本で出したら売れるんじゃないか?」
と一度ならずとも思ったことのある私にとって、ブックフェアでの版権取得が、すでに原本が出版される1年前に行われていること、日本の出版業界、翻訳家の立場などなど、聴いていて本当に面白いことを教わりました。
トップモデルさんの拍手の仕方まで教わってしまったし!
高月園子さんのエッセイ、翻訳本のギャラリーを以下にアップ!
個人的に、私は、高月さんのエッセイ「おしゃべりなイギリス」をまず読んでみたいと今夜のトークを聴いておもいました。鋭い洞察力のある高月さん、きっと面白い本に違いないとおもいます。
早速アマゾンで注文しちゃいました。
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フォーレを弾くピアニストがあまりいないのが残念なのでこれからももっと弾きたいなとおもっています。個人的にとっても好きな作曲家なんです。
トーク、本当に楽しませて頂きましたよ。
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わたしのトークのことを書いてくださって、びっくり。ありがとうございました。本の宣伝までして下さって感涙です。
そんなことより、先日のソロコンサートは本当に素晴らしかった!
デュオのときも、いつもお二人のvirtuosityとそれぞれの個性、そのハーモニーを心から楽しませてもらっていますが、またソロは違った次元の感激でした。
あんなに音がぎっしりの難曲ばかりを楽々とこなし、しかも聴いている人を疲れさせないで、ただ楽しませてくれるピアニストさんは稀です。
フォーレとシューマンは特に圧巻でした。もう一度、どこかで聴かせて!!